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神戸地方裁判所 昭和31年(行)33号 判決 1964年3月06日

原告 中村辰蔵

被告 上郡町長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、

一、被告が原告に対しそれぞれ昭和三〇年六月一五日付、同三一年六月一五日付、同三二年六月一五日付、同三四年六月一五日付でなした右各年度の町民税及び県民税の賦課処分はいずれもこれを取消す。

二、被告は原告に対し金二万九四〇三円及びこれに対する昭和三三年七月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、請求の原因として、

一、兵庫県赤穂郡上郡町(以下単に上郡町という)議会は昭和三〇年五月二六日議案第二一号をもつて上郡町税条例(以下単に条例という)を可決し、被告は同年六月一日これを告示した。

二、被告は右条例に基き原告に対し、別表(一)記載のとおりの日付、税額をもつて、昭和三〇年、同三一年、同三二年、同三四年、各年度の町民税及び県民税の賦課処分(以下本件各賦課処分という)をなし、原告は別表(一)記載の各日時にその徴収令書を受領した。

三、原告は、本件各賦課処分を違法なものであるとして、被告に対し、別表(一)記載の各日時に異議の申立をなしたが、被告は別表(一)記載の各日時にこれらを却下する旨の決定をなした。

四、本件各賦課処分における税額の算定は条例三三条に基きなされたものであるが、右規定は左の理由によつて違法のものであるから、これに基き算出された税額を賦課した本件各賦課処分は違法である。すなわち、

(一)、条例三三条は「(第一項)所得割の課税標準は課税総所得金額とする。(第二項)前項の課税総所得金額は総所得金額から基礎控除のみをした金額をいい、前年度の所得について同年において適用された所得税法の規定に基いて算定したものとする。」というにある。

(二)、しかしながら、地方税法(但し、昭和三六年法律第七四号により改正前のもの、以下同じ)二九二条四号によると、市町村民税の課税標準となるべき課税総所得金額の意義は、「総所得金額から所得税法一一条の三から同法一二条までの各条の規定による控除(雑損控除、医療費控除、社会保険料控除、生命保険料控除、扶養控除、基礎控除)をした金額をいう。但し市町村は財政上特別の必要がある場合においては、当該市町村の条例の定めるところによつて、総所得金額から同法一二条の規定による控除(基礎控除)のみをした金額とすることができる。」ものとされている。すなわち、市町村民税において、総所得金額から基礎控除のみをなした金額をもつて課税標準となるべき課税総所得金額とすることができるのは、市町村の財政上特別の必要がある場合に限られるのである。

(三)、しかるに、上郡町において前記条例を制定した昭和三〇年当時同町には右地方税法二九二条四号但書にいう財政上特別の必要がなかつたから、総所得金額から基礎控除のみをした金額をもつて所得割の課税標準となるべき課税総所得金額とする旨規定した条例三三条は地方税法二九二条に違反し無効である。

(四)、同三〇年当時上郡町において前記財政上特別の必要の存しなかつたという事情は次のとおりである。すなわち、

1、上郡町は、同三〇年三月二五日、兵庫県赤穂郡旧上郡町、同高田村、同鞍居村、同赤松村、同舟坂村が町村合併促進法に基く合併によつて成立したものであるが、人口二万余、戸数三八〇〇余の農家を主体とした町であつて、実質上は農山村というべき町である。しかるに、右合併と同時に成立した同町の同三〇年度の一般会計歳入歳出予算は、総額金七六二七万七、一七〇円であり、その明細は別表(二)に記載のとおりであつて、これは同町の極めて放漫な財政政策を示すものである。

2、また、合併前の旧高田村においては、同二九年度中に同村村長、助役、収入役らが合計金三六〇万円余の公金の横領もしくは不正支出をなし、またその余の前記旧町村においても、それぞれその収入役が合計金四七〇万円余の公金の横領もしくは不正支出をなし、これらによつて前記各旧町村が蒙つた損失は、前記合併により、上郡町に承継され、同町において右損失を填補せざるを得なくなつた。

3、しかも、上郡町は、同三〇年度において地方財政再建促進特別措置法に基く財政の再建を行つていない。

4、以上の次第で、同三〇年五月当時上郡町において増税の必要があつたとしても、それは専ら同町の放漫な財政政策及び同町理事者らの不正行為によつて招来されたものであり、また、同町は同三〇年度において地方財政再建促進特別措置法に基く財政の再建をも行つていない以上、同三〇年度において上郡町は地方税法二九二条四号但書にいう財政上特別の必要があるとはいえない。

(五)、また、仮に前記財政上特別の必要が認められるとしても、上郡町が、同三〇年度の町民税の課税標準たるべき課税総所得金額につき、これを地方税法二九二条四号本文の規定に従い算出した金額とした場合に較べ、これを同号但書の規定に従う条例三三条に従い算出した金額とした場合にあげうる町民税の増収額は、多くとも金九〇万円、同年度予算総額の一・二パーセント、税収総額の二・五パーセントにあたるにすぎず、この程度の増収ではとうてい前記財政上特別の必要を充足することができないことは明白であり、かゝる場合、市町村において地方税法二九二条四号但書の方式を採用することはできないというべきであるから、右但書に従う条例三三条は違法である。

(六)、また、租税法律主義の建前からいつても、税額の算出は、賦課処分時に施行されている法律に基いてなすべきであるから、課税総所得金額は前年度の所得について同年において適用された所得税法の規定に基いて算出する旨を規定する条例三三条は違法である。

もつとも、地方税法二九七条は、「市町村税の課税標準たる『所得税額等』は前年の所得について適用されるべき所得税法の規定に基いて算定したものとする」と規定しているが、同法二九二条一三号によると、「所得税額等」というのは、課税総所得金額から所得税額を控除した金額をいうと解されるから(同号の(以下「所得税額等」と総称する)というのは、「課税総所得金額から所得税額を控除した金額」にのみかかると解すべきである。)、同法二九七条は、右金額を課税標準とする市町村民税についてのみ適用される規定であり、課税総所得金額を課税標準とする上郡町々民税については適用がないというべきである。

また、地方税法三〇四条によると、所得税法による課税総所得金額等に変更が生じた場合、市町村内に住所を有する個人はその変更を申告すべきものとされているが、これは、かような変更によつて地方税法による税額の変更を生ぜしめるために、要請されているところのものである。条例三三条が右の注意に反するものであることは明らかであるから、この点からしても、条例三三条は違法である。

そうして、現実に、総所得金額算出の基礎となる所得税法九条五号の控除額、同法一二条の基礎控除額は、別表(三)記載のとおり、所得税法の一部を改正する法律により、昭和三〇年、同三一年、同三二年、同三三年の毎年に亘り改正されているところ、被告は、本件各賦課処分において、それぞれその前年度に適用された所得税法の規定に基き税額を算出し、当該年度に適用される規定に基き税額を算出しなかつたので、原告は、正当な税額より高額の税額を賦課されることとなつた。

五、以上の次第で、本件各賦課処分はいずれも無効のものであるところ、被告は同三三年七月二六日、原告が同三〇年ないし同三二年度分の前記町民税及び県民税を納期限までに納付しなかつたとして、次の債権合計金二万九四〇三円に基き、原告の所有財産につき差押えをなした。

昭和三〇年度 昭和三一年度 昭和三二年度

(円)    (円)    (円)

本税額         九、一九三  七、二三〇  六、九五〇

延滞利息、延滞加算金  三、一四〇  一、七三〇    八七〇

通信費                         一七〇

督促手数料          四〇     四〇     四〇

合計         一二、三七三  九、〇〇〇  八、〇三〇

それで原告は右差押えを免れるためやむなく被告に前記金二万九四〇三円を支払い、右差押えの解除を得た。

しかしながら、本件各賦課処分が無効である以上、これに基く右滞納処分としての差押えは違法であり、右違法な差押えを解除するための原告における前記金員の出損は、右被告の違法差押による損害であるというべきであるから、被告は原告に対し、右損害を賠償すべき義務がある。

六、よつて、原告は被告に対し、本件各賦課処分の取消並びに右損害金二万九四〇三円及びこれに対する同三三年七月二六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一ないし第三項の事実は認める。

二、本件各賦課処分の税額が原告主張の条例三三条に基き算出されたものであることは認めるが、条例三三条が違法であるという原告の主張は争う。

(一)、昭和三〇年頃上郡町には地方税法二九二条四号但書のいわゆる「財政上特別の必要」がなかつたという原告の主張について。

原告の主張する(1)同年度の上郡町の財政政策が放漫であつたとの事実、(2)上郡町の合併前の高田村等の旧町村の理事が公金を横領または不正支出をなしたとの事実はいずれも否認する。

そうして、地方税法二九二条四号但書の「財政上の特別の必要」の認定は、市町村の裁量権に属する事項であるというべきところ、上郡町は左記の理由により右特別の必要があるものと認定した。

1、上郡町における年間財政需要額は事業費も含めて約八、〇〇〇万円である。これに対する財政収入は、税収入、地方交付税、国県支出金から成つているが、県支出金については、兵庫県が地方財政再建促進特別措置法の適用を受けているところから、多くを期待することはできず、結局別表(二)記載のとおり右財政需要額の五〇パーセントを税収入によつて賄わねばならない。

2、昭和三〇年当時の上郡町の住民の員数及びその所得等を基礎に算出すると、所得割の課税標準たる課税総所得金額につき、地方税法二九二条四号本文所定の金額を採用した場合、納税人員一七五九名、課税総所得金額合計一億三一七四万二三〇〇円となるのに対し、同号但書所定の金額を採用した場合は、納税人員三四六八名、課税総所得金額合計三億四九五六万〇五〇〇円となる。

3、すると、上郡町において前記本文方式を採用すると、前記財政需要額を充足するに足りる税収入をあげることが困難であり、かつ但書方式を採用した場合に較べて納税人員が少くなる関係上、町内に大工場等の大口納税者がいないことともあいまつて、納税者たる一部住民に極端な税負担を強いる結果になる。

よつて、上郡町は地方税法二九二条四号但書の「財政上特別の必要」と認め、前記但書方式を採用したのである。

(二)、課税総所得金額につき、前年度の所得について同年において適用された所得税法の規定に基いて算出する旨の規定は違法であるという原告の主張について。

市町村内に住所を有する個人に対して課する市町村民税の賦課期日は、地方税法三一八条により、当該年度の初日の属する年の一月一日であり、また同法二九七条によると、市町村内に住所を有する個人に対して課する市町村民税の課税標準(上郡町の場合は課税総所得金額)は、前年の所得について適用されるべき所得税法の規定に基いて算定したものとするとされているのである。

すると、原告主張のような所得税法の改正があつたこと、本件各賦課処分においては、前年度に適用された所得税法の規定に基いて税額が算出されていることは認めるが、右のような税額の算出は違法ではない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、請求原因第一ないし第三項の事実、本件各賦課処分における税額の算出が条例三三条に基きなされたものであること、条例三三条が「(第一項)所得割の課税標準は課税総所得金額とする。(第二項)前項の課税総所得金額は総所得金額から基礎控除のみをした金額をいい、前年度の所得について同年において適用された所得税法の規定に基いて算定したものとする。」というにあること、は当事者間に争いがない。

そこで、条例三三条が違法のものであるという原告の主張について判断する。

二、まず、請求原因第四項(三)記載の原告の主張について判断する。

地方税法二九二条四号は、所得割の課税標準たる課税総所得金額の意義につき、「総所得金額から所得税法一一条の三から同法一二条までの各条の規定による控除(雑損控除、医療控除、社会保険料控除、生命保険料控除、扶養控除、基礎控除)をした金額をいう。但し市町村は財政上特別の必要がある場合においては、当該市町村の条例の定めるところによつて、総所得金額から同法一二条の規定による控除(基礎控除)のみをした金額とすることができる。」と規定している。すなわち、市町村民税において、総所得金額から基礎控除のみをなした金額をもつて所得割の課税標準となるべき課税総所得金額とすることができるのは、市町村の財政上特別の必要がある場合に限られることになる。

しかし、地方税法二九二条四号但書にいう「財政上特別の必要がある場合」というのは、単に当該市町村において災害復旧事業のための財政需要等臨時的な財政需要が生じた場合のみをいうのではなく、広く、当該市町村における、財政需要の必要性、住民の税負担力、納税者の税負担の公平等、諸般の財政上の事情を検討し、最少の経費で最大の効果を挙げるべく考慮し(地方自治法二条一二項、地方財政法四条参照)、なおかつ、前記但書に従う課税を行うのが、住民の福祉に合致すると認められる場合をいうと解せられ、かつ、市町村において右の如き「財政上特別の必要がある」があるか否かは条例を議決する当該市町村議会のいわゆる自由裁量事項に属し、裁判所にこれを判断する権限はないものと解せられる。

もつとも、右市町村議会の具体的認定が、前記「財政上特別の必要」の意義に照して、著しく不当である場合は、右認定は自由裁量権の濫用となり、右認定に基いて制定された条例は違法といわねばならないから、裁判所はこれを判断する権限を有すると解する。

そこで、上郡町議会において、本件条例の議決に際し同町に右「財政上特別の必要」があると認めたことにつき、自由裁量権の濫用があるか否かについて、判断する。

原告は、上郡町に合併前の高田村等の旧町村の理事が合計八三〇万円余の公金を横領または不正支出をなし、これによつて右各旧町村が蒙つた損失は、右合併により上郡町に承継され、同町において右損失を填補せざるを得なくなつたと主張するが、仮に右主張のごとき事実があり、右損失を填補するため昭和三〇年度以降の上郡町の財政需要が増大し、それが上郡町において地方税法二九二条四号但書に従う課税を行わねばならなくなつた一つの要素となつたとしても、それは場合によつては止むを得ない措置であつて、右原告主張の事実をもつて直ちに上郡町議会において前記自由裁量権の濫用があるということはできない。

また、上郡町の同三〇年度の一般会計歳入歳出予算が別表(二)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。しかし、右予算が同町議会の議決に許された自由裁量権を逸脱または濫用した放漫な財政を示すものであると認め得る証拠がない。

また、上郡町において同三〇年度に地方財政再建促進特別措置法に基く財政の再建を行なつていないことは、被告において明らかに争わないので自白したものとみなされるが、証人藤本由雄の証言(第一回)によると、同二九年度、同三〇年度において上郡町は同法にいう赤字団体または歳入欠陥を生じた団体に当らなかつたことを認めることができるので、上郡町において右財政の再建を行わなかつたとしても、同町議会において前記自由裁量権の濫用があるとはいえない。

以上のほか、上郡町議会において前記自由裁量権の濫用があつたことを認めるに足りる証拠はない。

すると、上郡町議会において、前記「財政上特別の必要」があると認定して制定した条例三三条は、右財政上特別の必要がなかつたことを理由に違法であるとすることはできない。

三、請求原因第四項(五)記載の原告の主張について判断する。

地方税法二九二条四号本文の規定に従う課税をした場合に較べ、同号但書に従う課税をした場合にあげうる増収額が、極めて僅少であつて、ことさら右但書に従う課税をなすことの実益がないようなときには、右但書にいう財政上特別の必要がないと解せられるが、前述のとおり右財政上特別の必要があるか否かは市町村議会の自由裁量に属する事項であり、かつ、仮に上郡町の同三〇年度における右増収額が原告主張のとおり金九〇万円、同年度予算総額の一・二パーセント、税収総額の二・五パーセントにあたるにすぎないとしても、右事実のみでは、右但書に従う課税が実益のないものであるということができず、上郡町議会が昭和三〇年度において上郡町に右財政上特別の必要があると認めたことが、自由裁量権の濫用であるということはできない。したがつて、前記原告の主張は理由がない。

四、請求原因第四項(六)記載の原告の主張について判断する。

地方税法二九七条は、「市町村税の課税標準たる『所得税額等』は前年の所得について適用されるべき所得税法の規定に基いて算定したものとする」と規定している。そして、同法二九二条一三号によると、右「所得税額等」というのは、所得税額若しくは課税総所得金額又は課税総所得金額から所得税額を控除した金額をいうことは明らかである。原告は右「所得税額等」というのは課税所得金額から所得税額を控除した金額のみをいうと主張するが、右主張は同法二九二条一三号の誤解に基く主張であるというほかはない。すると、同法二九七条に従い、条例三三条が「課税総所得金額は前年度の所得について同年において適用された所得税法の規定に基いて算定したものとする」と規定するところに、何ら違法の点はない。

五、以上、条例三三条が違法であるという原告の主張はすべて理由がない。すると、条例三三条の違法を前提として本件各賦課処分が違法であるという原告の主張も理由がない。

よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 桑原勝市 黒田直行)

(別表(一)(二)(三)省略)

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